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誰もが自由・平等・安全に移動できる、近未来のモビリティ社会を保証するアルゴリズム。

牧野和久(まきの かずひさ)

アルゴリズム論チーム・リーダー
京都大学 数理解析研究所 教授

1992年、京都大学工学部数理工学科卒業、1994年、京都大学大学院工学研究科修士課程(数理工学専攻)修了、1997年、同博士後期課程修了(学位取得)。大阪大学大学院基礎工学研究科助教授、東京大学大学院情報工学系研究科数理情報学専攻助教授などを経て、2017年より現職。博士(工学)。

アルゴリズム論チームがめざすのは、モビリティ社会の基盤となるアルゴリズム理論の構築だ。その先に見すえられているのは、誰もが「自由・平等・安全」に移動できる社会の実現である。近未来の移動では、自動化がキーワードとなる。クルマの自動運転はもとより、自動制御が基本となる社会において、何より重視すべきは自動化の品質保証だ。そのカギを握るのがアルゴリズムだと語る牧野教授に、品質保証を担保するさまざまなアルゴリズム技術について、その現状と今後の展望について聞いた。

※本記事は「モビリティ基盤数理研究ラボ」の前身となる「モビリティ基盤数理研究ユニット」時のものになります

最適化を追求するアルゴリズム。

——先生のご専門は離散数学、非連続な対象を扱う数学だと伺いました。

一般には離散数学の「離散」という概念自体にあまり馴染みがないかもしれません。離散数学で我々が扱うのは連続ではない対象、言い換えれば「とびとび」の対象です。とびとびといえばその典型がコンピュータで、プログラムは最終的に「0」と「1」の2つの数字に置換されてコンピュータを動かします。プログラムの基礎となるのがアルゴリズムであり、アルゴリズムとは、問題解決のための手順や計算方法を意味します。離散数学はこのアルゴリズムの設計や解析や新たなアルゴリズム論の構築などに活用されます。例えば、コンピュータのプログラムは、そのベースとなるアルゴリズムの組み方、すなわち計算の手法や手順次第で、同じ計算を行う場合でも処理速度がまったく変わってきます。ただし、最適なアルゴリズムをつくることは、非常に難しい問題です。

——最適化といえば、難題の一例としてセールスマン巡回問題が知られていますが……。

セールスマンが複数の都市を営業活動で訪問する際に、どの順番でまわれば最短経路となるのかを考える問題ですね。仮に訪問対象が4都市の場合ならば、経路は4!=24個あります。これぐらいなら全ての組み合わせをしらみつぶしに調べていけば、最短経路はそれほど苦労せずにわかるでしょう。ところが訪問対象が10都市と倍に増えるだけで、経路数は10!=3,628,800通りと一挙に約15万倍にまで膨れ上がります。仮に都市数が30になれば、経路の総数は、約2.65×10の32乗にもなります。ここまで膨大な数になると、現状のスーパーコンピュータでも単純に計算すると数億年が必要となり、事実上、計算することは不可能です。ただしこうした問題でも、アルゴリズムを工夫して、新たな計算手順などを考案できれば解決できる可能性が出てくるのです。

移動の最適化と品質を保証する。

——セールスマン巡回問題は、現実的な移動の問題にもつながるのではありませんか。

その通りです。身近な例をあげるなら、コンビニエンスストアにおける納品のための配車最適化問題があります。複数のコンビニエンスストアに商品を納入する際に、複数のトラックをどのように動かせば、最も効率的なのか。このような現実の問題を解決するには、単純に経路の効率化だけを考えても最適解とはなりません。なぜなら、店舗ごとに搬入時間に関する制約があるなど複数の条件を加えて考慮する必要があるからです。一般に、条件や変数が増えれば、計算の難易度は一気に高まります。しかし、新たなアルゴリズムを考案できれば、難易度の高い計算問題に最適解を出せる可能性があります。そのため効率的なサプライチェーンの構築や、渋滞を予防する仕組みづくりなどではアルゴリズムの最適化が欠かせないのです。

——現実社会の問題解決にアルゴリズムは役立つのですね。

物流処理の最適化や渋滞予防など現状の課題解決はもちろんですが、将来的な課題、モビリティ社会の実現にもアルゴリズムは大きく関わってくると考えています。

「誰もが納得できる移動」を実現する。

——理想的なモビリティ社会とは、どのようなものでしょうか。

キーワードは「自動化」でしょう。自動運転で動くクルマにより、人とモノが効率的に移動できる。どこかへ行きたいと思えば、すぐに迎えに来てくれて、最短経路で目的地まで連れて行ってくれる。もちろん安全の確保が大前提です。ここでの「効率的」とは、2つの意味があります。1つ目が社会最適性、すなわち、社会全体でみたときの最適性、これはエネルギー消費の最小化にもつながります。

2つ目が個々の最適性、これは、均衡などの概念に対応します。すなわち、未来の移動は「誰もが納得できる移動」でなくてはなりません。移動したい人はたくさんいて、それぞれに目的地は異なります。とはいえ社会全体でのエネルギー消費を考えれば、一人一台ではなく、複数の人が一台のクルマに同乗して移動するのが、地球にやさしくて効率的です。その際に誰か一人だけが得をする、たとえば早く目的地に着いたり、料金が安かったりするのではなく、みんなが納得できるかたちで、誰もが行きたいところにたどり着けるようにする必要があります。もちろん安全性はしっかり確保されているから、自動運転でも事故は起こらない。

——町中でたくさんの人が迎えを待っている。そこを自動運転車が何台も巡回しながら、各自に最適な経路を計算し、最も効率的に運んでくれる……確かに理想的です。

そんなモビリティ社会の実現に欠かせないのが、アルゴリズムというわけです。例えば一台のクルマに何人も乗り合うときには、どのような組み合わせにすると同乗者の納得率が最も高まるのか。あるいは目的地の異なる複数の人を乗せたクルマは、どのような経路をとれば最も効率的なのか。最大多数の要望を充たした上で安全性を確保する。こうした課題を実現するためには、アルゴリズムに関する要素技術を駆使する必要があります。

一方では、安全性を確保するために、特定のアルゴリズムによって構築された移動システムについては、その品質を保証する必要があります。品質保証に必要なのが、アルゴリズムに基づくルールの正しさの数学的な証明です。近未来に実現されるモビリティ社会は、数学的に裏付けられた、誰もが認める正しいアルゴリズムに基づいて、自動化されている必要があります。

移動の品質保証を行うのもアルゴリズムの役割だと牧野先生は話す

世界標準となるモデルを日本で実装する。

——理想のモビリティ社会を実現するうえで、トヨタとの連携はどのように役立つのでしょうか。

現場を理解する上で、とても役に立っています。例えば未来のカーシェアについて考えるためには、現状の正確な把握が大前提です。数学的にモデル化して考える、つまり抽象化するには、まず現実をきちんと理解しておかなければなりません。その意味では豊田市で実施されていたカーシェアリングの現状視察などが参考になっています。

アルゴリズムの実装は、社会全体の変革も要するテーマなので、ハードルの高いチャレンジとなります。現実問題として、規制の多い日本でいきなり導入することは難しいでしょう。しかし、まず世界で認められ、海外での導入実績ができてくれば、日本で導入される道筋も見えてくるように思います。その意味では、世界的なトップメーカーであるトヨタと共同で研究が進められるのは、世界への影響力という意味でも非常に魅力的です。

——企業との共同研究は社会実装されてこそ意味があるわけですね。

その通りです。急ピッチで進められているガソリン車から電気自動車への転換など現在は、自動車産業全体が過渡期に差し掛かっている状況です。まさに、新たなモビリティ社会構築に向けた動きが始まろうとしています。そこに我々の研究成果も活用した技術開発にトヨタをはじめとする自動車メーカーが取り組み、近未来の社会で使われるようになる。その結果、誰もが平等に、自由に、安全に移動できる社会、しかもエネルギー面も含めて社会的なコストも効率化されて、その恩恵を誰もが受ける世界が実現する。そんな理想をかなえるために、これからも研究を進めていきます。