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研究の今を語り合い、相互ネットワークを築く場として。「2023年度 オープンディスカッション」開催レポート

京都大学とトヨタ自動車が共同で研究を進める、モビリティ基盤数理研究ラボの2023年度オープンディスカッションが、昨年11月22日、京都のキャンパスプラザにて開催されました。6名の研究者から発表が行われ、京都大学の研究者たちと、トヨタグループの研究者、関連会社の研究者の方々が、セミナー会場に加えてオンライン中継でも参加し、充実した講義と活発な質問が行われました。

『数理』を軸にモビリティについて議論する場

本ディスカッションの冒頭の挨拶で、トヨタ自動車 未来創生センター R-フロンティア部 主幹の河村芳海さんは、次のように語りました。

「企業と大学の共同研究では、得てして短期的な視点を求められがちです。しかし未来のモビリティ社会の可能性を探る本共同研究は、長期的な視点で進めていくことが大切だと思っています。このディスカッションには、京都大学の研究者の方々、トヨタの研究者だけでなく、トヨタグループ企業のさまざまな部署からも参加いただいています。参加者それぞれに共通するのは『数理』を軸にモビリティを考えていることです。このディスカッションでも、本質的に重要である『数理』をカギとして、深く広い討議が行われることを期待します」

ディスカッションの初めに、京都大学 情報学研究科 助教の原田健自先生が、続いてトヨタ自動車 未来創生センター・R-フロンティア部 主幹のPhan, Vinh Longさんが現在、取り組む研究内容について発表を行いました。

トヨタ自動車未来 創生センター・R-フロンティア部のPhan, Vinh Longさん

アルゴリズムをもとに家庭内の公平な家事分担を実現する

休憩後、3番目に登壇したのは、東京大学 大学院 情報理工学系研究科 准教授の五十嵐歩美先生です。五十嵐先生の研究テーマは「公平な資源配分アルゴリズムの理論と応用」。その具体的な応用先として「家庭内の公平な家事の分担をアルゴリズムに基づいていかに行うか」を研究しています。

東京大学 大学院 情報理工学系研究科の五十嵐歩美准先生

「私の研究の目的は、公平な資源分配メカニズムを構築することで、なるべく多くの人を幸せに導くことです。そのためにテーマとして取り上げたのが『家庭内の家事の分担』でした。家事分担におけるジェンダーギャップは、我が国でも大きな社会問題となっています。男性と女性のパートナー間で、一日平均、5時間以上も差があるというデータもあります。家事の分担は、身近でありながら、とても大きな社会問題なのです」

五十嵐先生は、家事の公平な配分をモデル化するために、まず「家事をする参加者(エージェント)」と「個々の家事(アイテム)」を切り分けることにしました。そして、ある特定の家事の組み合わせを担当することになったときの「嬉しさ」を、効用関数としました。

五十嵐先生は「公平な家事を考えるときには、家事の好み、別の言葉で言い換えれば『妬み』について考えることが必要」と語ります。
「家事には料理やゴミ捨て、買い物、育児、いろんな種類があり、それぞれの仕事に対して好み、得意が分かれます。料理が好きな人もいれば、洗濯物がすごく苦手な人もいる。どうやって公平に分担するかは簡単な問題ではありません。自分が好きで得意なアイテム(家事)が相手側にあったときには、『いいなあ』という妬みの気持ちが起こるでしょう。公平な配分というのは、そのような『妬みが起こらない配分』であると言えます」

五十嵐先生はその解決策として、「Envy-freeness up to one good(EF1)」という概念を紹介しました。これは「妬みのない配分」を近似的に求める手法で、資源配分の問題を扱う際に、妬みをなるべく少なく抑えるアルゴリズムとして、研究者の間で広く応用されていると言います。五十嵐先生らの研究グループは、これまでの研究の知見の蓄積をもとに、家事の分担のサポートをするスマホアプリを開発・発表しました。2022年にはNHKの番組でアプリが紹介され、これまでに1万3千人以上がアプリのウェブサイトを訪問し、多数の「家事分担に役立っている」という声が届いていると語りました。

どれだけノードが欠損するとネットワークは崩壊するのか

五十嵐先生に続き、株式会社豊田中央研究所 数理工学研究領域 Leading Researcherの松森唯益さん、京都大学 情報学研究科 教授であり本ラボの研究統括でもある山下信雄先生の発表が行われ、この日の最後、6人目の発表者として、デジタルソフト開発センター・社会システムPF開発部 主幹の谷澤俊弘さんが登壇しました。

デジタルソフト開発センター・社会システムPF開発部の谷澤俊弘さん

ネットワーク科学を専門とする谷澤さんの研究テーマは、「複雑ネットワーク上のパーコレーションとネットワーク頑強性」です。パーコレーションとは「浸透」という意味の英語ですが、ネットワーク科学では、ネットワークを構成する「ノード」(結節点)の数が徐々に減っていったときに、ある段階で突然ネットワーク全体が崩壊する「相転移現象」のことを指します。

「私たちの生きる社会には、ありとあらゆる領域にネットワークが存在します。ネットワークはノードとエッジ(ノードとノードを結ぶ線)で構成されます。例えば東京の地下鉄ネットワークでいえば、ノードが駅で、エッジが線路になります。サッカーの試合の動きも、ノードを選手個人、エッジをパスの方向と回数で表すことが可能です」

谷澤さんはインターネット網や、道路交通網のネットワークを事例に、どれだけのノードを欠損させるとネットワーク全体が崩壊するかを(車でいえば交通網が機能しなくなる状態)、図解を見せながら詳しく解説しました。会場からも沢山の質問が相次ぎ、白熱した議論が展開されました。

参加者の相互ネットワークを築き、研究をさらに加速させる

ディスカッション最後の挨拶で登壇したのは、山下信雄先生です。実はディスカッションがあった日は、鉄道に事故があり、関西全体の鉄道網に大きな遅延が起こっていました。山下先生はその事故を事例に、次のように語りました。

モビリティ基盤数理研究ラボの研究統括、山下信雄先生

「実際に事故が起こったのは、かなり遠くの地域なのですが、その影響で京都の路線も止まってしまった。これはつまり鉄道会社が安全性を重視するあまり、ネットワークの頑強性が弱くなってしまった結果であると言えます」

また日本において鉄道会社は地域ごとに存在し、その会社ごとに独立採算で事業を行っています。山下先生は、「その結果、別の会社に乗り継ぐ電車のチケットを、近所にある駅では買うことができないなどの不具合がユーザーにもたらされている。そうした不具合をもたらしているのは、会社間での相互ネットワークがうまく構築できていないからです」と語ります。

「このモビリティの研究プロジェクトは、トヨタと京都大学だけでなく、関連グループの会社も参加しています。その成功のためには、私たち大学の組織も含め、参加者それぞれが『縦割り』をなくしていくことが必要だと考えます。今日のこの後の懇親会でぜひ、相互ネットワークを築くための交流を図っていただければ嬉しいと思います」と締めくくりました。

本ラボはこれからも定期的にオープンディスカッションを行うことで研究を加速させ、学理の追究とイノベーションの創造に取り組んでいきます。