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モビリティ社会の実現に向けて、研究成果をSpringer Nature社から出版

モビリティ基盤数理研究ラボは、京都大学とトヨタ自動車 未来創造センターとの共同により2020年4月に発足しました(※)。以来、「未来のモビリティ社会実現のための基盤数理」をテーマにさまざまな研究に取り組んでいます。
※「モビリティ基盤数理研究ユニット」として発足、2023年4月に改称

活動開始から約4年となる2024年3月、これまでの活動成果をまとめた書籍『Advanced Mathematical Science for Mobility Society』を、世界最大規模となるSpringer Nature社から出版しました(オープンアクセス公開)。本書は、プロジェクト全体を概観する1章と、9グループの研究内容を紹介する章の計10章で構成されており、次世代モビリティサービスの基盤としての数理科学の研究動向や課題を整理し、各研究の現在地を示すものとなっています。本書の出版に込めた思いや、各章で扱う内容について、ラボの関係者に聞きました。

モビリティ ✕ 数理の価値を広く発信したい

まず、ラボを代表して副研究統括の牧野和久教授(京都大学 数理解析研究所)、そしてトヨタ自動車側の全体統括である未来創生センターの谷口真氏(数理・量子計算研究Gグループ長)にお話を伺いました。

牧野教授は、本書を刊行する意義について次のように語りました。「欧米ではモビリティにおける数理科学や情報学の重要性が定着しつつありますが、ものづくり主導で技術開発を進めてきた日本においては必ずしも十分ではない現状です。トップメーカーであるトヨタ自動車がこの分野の研究者との共同研究に取り組み、その成果を発信することは、日本のモビリティ関連の研究開発にとって大きなメッセージになるでしょう」。

また、今回のように研究成果をオープンアクセスで公開することは、トヨタ自動車としても珍しい試みなのだそう。これについて谷口氏は、「目まぐるしい速度で進歩する情報学分野でインパクトを残すには、世界に向けて研究成果をオープンにすることが今や必須となっています。そうした分野の研究者はもちろん、トヨタグループ内部やトヨタ以外のメーカー、運輸関係など広い意味でのモビリティ関連業界の方々に読んでいただき、モビリティと数理のつながりがより深化してゆくきっかけになれば」と期待を込めて語りました。

大学の枠を越えて取り組む、各チームの研究内容を紹介

各章では、大学の枠を超えた数理研究者のチームが、それぞれの専門分野で次世代モビリティに貢献しうる研究成果を紹介しています。そのメンバーと概要を見ていきましょう。

Analysis of Autonomous Many-Body Particle Models from Geometric Perspective and Its Applications
自律型多体粒子モデルの幾何学の観点からの解析とその応用

辻本諭(京都大学)、加藤毅(京都大学)、小島諒介(京都大学)、前田一貴(福知山公立大学)、Zanlungo Francesco(大阪国際工科専門職大学)
モビリティ社会を支える基礎となる数理モデルに自律型多体粒子モデルがあります。本章では、幾何学の道具を用いてこれを解析することで新たな視点をもたらすことをめざし、基本的な交通流モデルであるバーガーズ・セルオートマトンでその可能性を検討します。また、粒子が内部状態を持つ交通流モデルとして量子ウォークに着目し、一方向多粒子量子ウォークモデルというものを提案します。最後に、今後の課題としてより複雑な様相を呈する人流モデル研究の計画についても触れます。

Integrable Systems Related to Matrix LR Transformations
行列のLR変換に関連する可積分系

岩﨑雅史(京都府立大学)、新庄雅斗(大阪成蹊大学)、山本有作(電気通信大学)、福田亜希子(芝浦工業大学)、渡邉扇之介(福知山公立大学)、関口真基(東京都立荻窪高等学校)、石渡恵美子(東京理科大学)
本章では、ヘッセンベルグ行列の相似変形がどのように離散可積分系と結び付くかを説明し、さらにLR視点から与えられる離散可積分系の自然な拡張にも触れ、離散可積分系が拡張されたことで生成される新しいダイナミクスの一例として、箱に番号が付いた箱玉系について概説します。また、離散戸田方程式の超離散版はmin-plus代数におけるLR視点から解釈でき、min-plus行列の固有値計算に応用できることも解説します。

Numerical Analysis for Data Relationship
データ関係性のための数値解析手法

櫻井鉄也(筑波大学)、二村保徳(筑波大学)、今倉暁(筑波大学)、叶秀彩(筑波大学)
モビリティ社会では、産業や学術のさまざまな分野で蓄積された膨大な量のデータを人工知能や機械学習技術を用いて解析・活用することが求められます。しかしながら、実世界のデータの性質は多岐にわたり、高精度な解析のために特殊な部分空間における潜在的な特徴を抽出する必要があるデータも含まれうるでしょう。本章では、このように多様なデータを扱うために有効な各種解析手法について解説します。

Application of tensor network formalism for processing tensor data
テンソルデータ処理に対するテンソルネットワーク形式の応用

原田健自(京都大学)、大久保毅(東京大学)、松枝宏明(東北大学)
次世代モビリティサービスのためには、複数の属性を持つ膨大なデータを処理しなければなりません。データは多次元配列として格納されテンソル型データとして扱われますが、これらのデータを高速で処理するツールとして期待されているのが、統計物理・量子情報分野で研究が進んでいるテンソルネットワークです。本章ではその応用として、統計物理学をベースにした3つの研究結果を紹介します。

Machine Learning Approach to Mobility Analyses
モビリティ解析への機械学習によるアプローチ

池田和司(奈良先端科学技術大学院大学)、久保孝富(奈良先端科学技術大学院大学)
アリやハチ、サル、そしてヒトなどの種で見られる社会性は、集団内の個々の関わりや集団ごとの関わりとして特徴づけられますが、それらは主に「動き」のなかに見て取ることができます。現代のIoT技術によって「動き」に関する多くのデータが得られるようにはなっていますが、それを解析する技術が十分整備されているとは言えません。本章では近年開発された動画解析技術について、トラッキングと個体識別、インタラクション抽出、そして関係性解析のためのグラフ解析という3ステップを踏まえて紹介します。

Graph optimization problems and algorithms for DAG-type blockchains
DAG型ブロックチェーンに対するグラフ最適化問題とアルゴリズム

川原純(京都大学)
モビリティにおける移動履歴や決済情報のデータの管理方法として様々な技術が検討されており、その一つが分散型データベースとみなせるブロックチェーン技術です。ブロックチェーンを用いる際の課題の一つはそのスケーラビリティの小ささですが、これを解決する方法としてDAG型ブロックチェーンというものがあります。本章では特にDAG型ブロックチェーンについて説明し、DAG型ブロックチェーンにおいて信頼できるブロックを特定する方法をグラフの問題として定式化します。

System-Control-Based Approach to Car-Sharing Systems
カーシェアリングシステムに対するシステム制御的アプローチ

櫻間一徳(京都大学)、加嶋健司(京都大学)、池田卓矢(北九州市立大学)、林直樹(大阪大学)、星野健太(京都大学)、小蔵正輝(大阪大学)、Chengyan Zhao(立命館大学)
ワンウェイカーシェアリングサービスは、複数のステーション(駐車場)に車両をプールし、利用者はいずれのステーションにも返却することができるサービスです。利用者にとって利便性が高く、今後の成長が期待されていますが、これには車両の偏在という問題を解決する必要があります。本章では、この課題を克服するためのシステム制御的なアプローチについて、複数の具体的な手法を挙げて議論します。

Algorithms for Future Mobility Society
未来のモビリティ社会のためのアルゴリズム

河瀬康志(東京大学)、牧野和久(京都大学)、澄田範奈(東京工業大学)
カーナビゲーションシステムの経路表示に代表されるように、モビリティ社会では様々な組合せ最適化問題を解く必要があります。本章ではその中から、古くから議論されている最短路問題と巡回セールスマン問題を紹介し、その代表的な研究結果に触れます。また、現実にはよく現れるが古典的な問題では捉えきれない設定として、オンライン最適化とメカニズムデザイン(特に公平割当)の枠組みを紹介し、最後に、再配置問題、オンラインスケジューリング問題、公平割当問題に対して本プロジェクトで得られた成果を紹介します。

Mechanism Design for Mobility
モビリティのためのメカニズムデザイン

原田翼(東京工業大学)、伊東利哉(東京工業大学)、松原繁夫(大阪大学)、宮崎修一(兵庫県立大学)、横尾真(九州大学)
二酸化炭素排出量の削減が世界的な目標として掲げられる中、次世代カーシェアリングという概念は今後ますます重要になるでしょう。そこで求められるのが、効率性に加えて公平性を満たすなど、人々に喜んで受け入れてもらえる仕組みを構築することです。本章では、こうした仕組みづくりに貢献することを目的として取り組んできたメカニズムデザイン、中でもマッチング理論の研究について、基礎理論と応用の両観点から紹介します。

刊行を期に、研究は新たなステージへ

発足以来の大きな目標であった本書の刊行によって、ラボの研究活動は新たなステージへと進みます。牧野教授は「発足からの3年はモビリティ基盤数理の多様な切り口を出版物というひとつの形にまとめることに注力し、編集作業に1年をかけて刊行に漕ぎつけました。本書を次のステップへのバトンゾーンと捉え、今後はさらに応用的な研究にも挑戦していきたいです」と意気込みを語りました。

モビリティ基盤数理研究ラボでは、数理の最先端を切り開き次世代モビリティ社会へと結実させるべく、より一層踏み込んだ研究に取り組んでまいります。