クローズアップ close-up

制御工学の観点から新たなカーシェアリング・ネットワークを構築。

櫻間一徳(さくらまかずのり)

動的制御ネットワークチーム・リーダー
京都大学 情報学研究科 准教授

2004年、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻 博士後期課程 修了。電気通信大学大学院 電気通信学研究科電子工学専攻 助教、京都大学大学院 情報学研究科システム科学専攻 特定研究員、鳥取大学大学院 工学研究科 機械宇宙工学専攻 准教授などを経て、2018年より現職。

近年、急速な勢いで社会に広がっているのが、自動車をみんなで乗り合う「カーシェアリングシステム」だ。動的制御ネットワークチーム・リーダーの櫻間一徳教授は、制御工学の観点からトヨタが実証試験を行った「ワンウェイ型カーシェアリング」のデータを元に、未来のモビリティ社会の新しいカーシェアシステムの姿を数理的に構想する。交通情報の活用やエネルギーの削減も視野に入れたその研究について話を伺った。

※本記事は「モビリティ基盤数理研究ラボ」の前身となる「モビリティ基盤数理研究ユニット」時のものになります

「物」を意図したとおりに制御する

——まず初めに、先生の専門とする「制御工学」について、どのような学問なのか教えていただけますでしょうか? 

わかりました。制御工学は「物」を意図した通りに動かし、制御するための学問です。機械産業や自動車産業、ロボット分野など、ありとあらゆる産業分野に応用されています。電気工学、機械工学、情報工学など多くの知識を組み合わせ、精密に物体をコントロールする方法をさまざまな角度から探求します。例えばあるロボットの手を動かしたいとなれば、ロボットの姿勢、重さ、手の向きや角度などのパラメータを元に、モーターにトルクや回転数を指令しなければなりません。動かしたい物体について観測測定した数値から、システムにどのような指令値を与えれば目的の動きが得られるのか、それを見出して間をつなぐのが制御工学であると言えます。

——よく理解できました。制御工学のなかで先生はどのような領域を研究されているのでしょうか?

とくに私が専門としているのが、制御したい個別のシステムが多数同時に存在する「大規模システム」です。例えば「自動運転車が実現した社会」では、何千台、何万台という数の自動車を連携させることで、効率的に交通網を管理することができます。そのとき、どこからどういう情報を吸い出し、他の車や交通を管理しているシステムに伝え、その情報をどのように処理すれよいのか、考える必要があります。またそのような大規模なシステムを現実的に動かす上では、「分散的なシステムにする」ことが重要です。

大規模システムの考え方には、2つあります。1つ目は、必要な情報をシステム全体から中央のスーパーコンピュータなど一つの主体が集中的に吸い出し、全体の情報を一括で処理する方法です。2つ目は、個別の小さなユニットが、分散的に必要な範囲(見える範囲)からのみ吸い出し、部分的な情報を処理する方法です。

後者の分散的にすることのメリットは、中央に巨大なシステムを必要とせず、計算資源の小さな(コンピュータとしての能力が低い)ハードでも対応可能になること、ユニット数がどれくらい大きくなっても対応可能であることです。また、災害やトラブルが起きたときに、分散していることでシステム全体がダウンする可能性が低くなることもメリットになります。

カーシェアリングの「偏在」を数理的に防ぐ

——このモビリティ基盤数理研究ユニットでは、どのような研究に取り組まれているのでしょうか?

「ワンウェイ型カーシェアリングシステム」の効率化を制御工学の観点から研究しています。ワンウェイ型カーシェアリングとは、一定の地域のなかに自動車が借りられる駐車場拠点が複数あり、どこで車を借りても、他のどこの駐車場で車を返却してもいいシステムのことを指します。借りた場所に返す必要がある、通常のレンタカーよりも使い勝手がいいシステムで、すでにトヨタが進める豊田市の「Ha:mo RIDE 豊田」で実証実験が始まっています。

しかしこのシステムには問題点があります。それは「車両の偏在」が起こることです。例えば主要駅の周辺のような、多くの人の「出発地」になる場所では車両が不足しがちとなり、都心部のような多くの人の「到着地」になる場所では逆に車両が過剰になって、駐車場が足りなくなる可能性があるのです。この問題を、制御工学的な観点から解決したいと考えています。

——カーシェアリングは未来のモビリティ社会においても、中核となるサービスの一つだと聞いており、非常に興味深い研究と感じます。具体的にはどのような手法で解決を目指されているのでしょうか?

解決法として考えられる手段としては、次の2つがあります。

  1. 配送スタッフがステーションを巡回し、車を移動させる。この方法は確実ですが定常コスト(人件費)がかかるという問題があります。
  2. 「動的料金」の導入。利用の多い移動に対する料金を上げ、利用を抑制する方法です。逆に利用の少ない移動に対しては料金を下げ、利用を促進します。こちらは定常コストはかかりませんが、どれぐらいの効果があるかは不確実です。

将来的には、両方の利用が考えられると思います。動的料金の導入で不確実ながら偏在を減らし、どうしても減らないところや、確実に減らしたいところは、配送で対応するというかたちです。これまでの先行研究で、配送による解決をテーマにしたものはたくさんありましたが、「動的料金」による解決の研究は少なく、モデリングが不十分であることが私の研究の大きな動機の一つとなっています。

私の研究では具体的な手法として、ワンウェイ型カーシェアシステムをつぎの4つのモデルから構成して分析しています。

  • ステーションにおける駐車数のモデル
  • ステーション間を車が移動するモデル
  • ユーザーが利用ステーションを変更するモデル
  • 動的料金モデル(ステーションごとに時間ごとに利用料金が変わるモデル)

この4つのモデルからなるシステムを、駐車台数の時間変化を表す差分方程式として表現しました。これに基づいて、車の偏在を緩和させるための動的料金モデルの提案を目指しているところです。

また新しい考え方として、「ユーザーの利用ステーションの徒歩移動」を導入しました。利用ステーションごとに料金を変えることで、近い距離については、利用者の徒歩移動を促すことができると思います。徒歩によるステーション間の移動を取り入れた研究はこれまでになく、数百メートルの移動によって、どれぐらい偏在の緩和が見込めるかを数学的に導出する研究をしています。

エネルギーや情報の流通も視野に入れモビリティ社会を構想

——桜間先生がワンウェイ型カーシェアリングの研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

私はもともと電力システムの大規模ネットワーク制御の研究を行っており、電力ネットワークと交通システムは、構造自体が非常に似ていると感じたことがきっかけです。電力ネットワークでは、各家庭に電力網が張り巡らされており、全体的に需給のバランスをとる必要があります。常に未来を想定して、「これぐらい使用されるだろう」という予想にもとづき、必要十分量を発電しなければなりません。

これまで日本では、火力発電所などの大規模発電所を保有する大きな電力会社が、独自の送電網で電力を供給してきました。しかし近年、発電・送配電の自由化が進み、小規模な会社が自前の供給設備で、電力の小売事業に参入できるようになっています。それらの会社では風力や太陽光などの小型発電システムを使い、再生可能エネルギーとしての電力を供給していますが、契約者数が少ないこと、また風量や日照の変化などによって、電力の需給バランスの予測が難しくなっています。そうした背景をもとに、安定的な電力を生活者が確保できるよう、電力料金に動的料金を導入し、需要サイドで需給のバランスを確保する研究を進めてきました。

今回の研究ではその蓄積をもとにして、空間的なシフト(人の徒歩による移動)と動的料金を組み合わせることで、ワンウェイ型カーシェアリングシステムの最適な料金プランを構築することを目指しています。

櫻間先生は、電力ネットワークの研究で得たものが、交通ネットワークの研究にも活かされていると話す

——この研究プロジェクトは、トヨタと共同で進められていますが、そのことに関して感じているメリットがあれば教えてください。

トヨタから実際に豊田市の「Ha:mo RIDE 豊田」におけるカーシェアリングシステムの情報やデータを提供してもらっています。その実際のデータによって、研究にリアリティが得られていることの意味がとても大きいと感じています。物事を抽象化して捉える数理的なアプローチの研究は、ともすれば意味がわからない、非現実的なものになりがちです。しかし実際のデータを扱うことで、本当に社会実装するにはどうすればいいか、常に念頭に置いて研究を進めています。現実と乖離せずに研究ができていることが、最も大きなメリットです。トヨタのバックアップに関しては非常に感謝をしています。私たち大学の研究者は、単体のロボットレベルならば製作できても、交通システム全体を考える研究となると、規模が大きく複雑すぎて手に負えません。本ユニットの参加する複数の研究者によって、さまざまな角度から統合的に交通社会の未来を数理から考えることができることは、将来の日本社会にとっても極めて有意義と思われます。

——最後に、先生の目指す未来のモビリティ社会について教えていただけますでしょうか?

現代の新型コロナ感染症対策でも、数理解析に基づく感染者数の予想が、政府の感染予防対策の基本をかたち作り、緊急事態宣言などの政策に結びつきました。それと同様にこれから、人がどういうモビリティ社会を作ればもっとも効率的で、人間にとって快適なかたちとなるかは、数理を活用するからこそ定量的に見通すことができるはずです。

将来のモビリティ社会では、数理に基づく情報システムが非常に強力に交通システムを支えるでしょう。情報の流通はコストが極めて小さく、一瞬で流すことができるのが大きなメリットですが、現在の交通システムは、そのメリットが有効活用されていません。例えば高速道路の渋滞情報をカーナビで知らせても、具体的にどういうルートを走るかは個々のドライバーの判断に任せているのが現状で、最適化が図れていません。ドライバー毎・車毎に適切な情報を届け、それをもとに最適な行動・運転をするようになれば、モビリティの効率化やエネルギー需要の大幅な削減に直結するはずです。私の研究でも将来的には、モビリティ・情報・エネルギーを統合させた最適なシステムを構想したいと考えています。