クローズアップ close-up

カーシェアリングシステムの新たな仕組みの構築を目指す。

松原 繁夫(まつばら しげお)

メカニズムデザインチーム・リーダー
大阪大学 数理・データ科学教育研究センター 特任教授

1992年に京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、NTTに入社。カリフォルニア大学バークレー校 客員研究員、NTTコミュニケーション科学基礎研究所 主任研究員、京都大学大学院情報学研究科 准教授などを経て、2021年より現職。博士(情報学)。

メカニズムデザインチームは現在、カーシェアリングの新たな仕組みの構築へ向けた基礎研究を進めている。カーシェアリングシステムは、オンライン化やデジタルの技術によって今後ますます自由度が上がり、利便性が向上すると思われるが、一方で、人や車の移動という物理的な側面が伴うゆえの制約があり、その点をどう考えるかが重要だ。それは、モビリティ社会の本質でもあると、チームリーダーの松原特任教授は話す。本チームが考えるカーシェアリングのシステム、そしてその先にあるモビリティ社会とはどのようなものか。松原特任教授に聞いた。

※本記事は「モビリティ基盤数理研究ラボ」の前身となる「モビリティ基盤数理研究ユニット」時のものになります

「メカニズムデザイン」によってシステムのルールや仕組みを作る

——はじめに先生の専門分野について教えてください。

私の専門は、マルチエージェントシステム(以下、MAS)です。聞きなれない言葉かもしれませんが、平たくいえば、複数の人間が互いにインタラクションして成り立つシステムのことを指します。たとえば、スポーツのチーム、マーケット、何らかのコミュニティなどは、すべてMASです。MASに参加する各人は、それぞれ自分の目的や利益に合うように行動しますが、その際、システムが持つルールや仕組みによって、各人の行動は変わります。どのような仕組みにすれば、皆にとっていいシステムが構築できるか。それを考え、研究するのが私の専門分野になります。

——MASのわかりやすい具体例としては、どのようなものがありますか。

私の研究対象から一例を挙げると、ネットオークションがあります。ネットオークションも、複数の人がモノを売りたい、買いたいという意志を持って参加するMASです。そのルールや仕組みによって、その場の性質が決まり、参加者の行私の研究対象から一例を挙げると、ネットオークションがあります。ネットオークションも、複数の人がモノを売りたい、買いたいという意志を持って参加するMASです。そのルールや仕組みによって、その場の性質が決まり、参加者の行動も変わります。それゆえに、ルール次第で、たとえば、一番高い金額を出してもよいと思っている人が必ず買える場になったり、逆に、金額以外の要素も考慮されやすい場にもなったりします。また、詐欺行為が発生しやすいかどうかも仕組みによって変わってきます。ということは、逆に言えば、どのような場にしたいかに合わせてルールや仕組みを決めれば、目的に合ったシステムを作ることができるということでもあります。MASの研究では、そのように、ルールや仕組み、制度と、生じる結果の関係を考えます。また、目的に沿ったシステムを構築するために、ルールや制度を設計することをメカニズムデザインと言います。

——なるほど、よくわかりました。その「メカニズムデザイン」がチーム名になっているのですね。ちなみにこの分野の研究は実際にはどのように進めていくのでしょうか。

まずは現実の事例からデータを得ます。それをもとに、このようなルールだとこういう結果になるというのを把握していきます。そこから逆に、目的に合うシステムを作るためには、ルールをこうすればいいのではないかと考えてモデルを作り、シミュレーションを行い、最適な設計を探していきます。いわゆる数理科学的な研究手法です。

次世代のカーシェアリングシステムの構築を目指して

——現在、モビリティ基盤数理研究ユニットの研究として、メカニズムデザインチームで取り組んでいるテーマについて教えてください。

私たちは現在、将来のカーシェアリングシステムを構築するための基礎的な研究を行っています。カーシェアリングもまた、複数の人によって成るMASです。いま車を利用している人と、これから利用したい人がそれぞれ複数いる中で、誰にどの車を配車すれば、最も効率よく、またみなが快適に利用できるか。それをメカニズムデザインの理論を活かして考えます。いますぐ利用したいという要求に対してリアルタイムで対応できるシステム(=オンラインでの配車)や、また、車種や色といった、車に対する利用者の好みも考慮できるシステム(=選好マッチング)を作ることを目指しています。いずれは、自由な場所で乗り降りできるシステム(=フリーフロート)についても考えていきたいと思っています。

——ということは、今回のモビリティ基盤数理研究ユニットの研究期間内で、一つのカーシェアリングシステムを作り上げるというイメージでしょうか。

いや、そうではありません。実際のカーシェアリングシステムは、法律などをはじめ、現実のさまざまな条件が関係してくるため、私たちの研究だけから完成させることはできません。私たちはあくまでも、将来作られるであろうカーシェアリングシステムの基礎となる“パーツ”を考えるイメージです。

——現段階で形になっている研究成果があれば教えてください。

チームのメンバーである京都大学の宮崎修一先生が、オンラインで配車するアルゴリズムについて、論文を発表しています。複数の基地に車が配置されているカーシェアリングシステムがあるとします。利用したい人が現れた場合、その人の一番近くにある基地の車を配車するのが最も効率が良い(=全車の総移動距離が短くなる)ことを宮崎先生は理論的に示しました。結果だけを見ると当然のように思えるかもしれませんが、利用希望者が次々に現れる状況を考えれば、その時々で一番近くにある車を配車するのが最適と言えるかは簡単にはわからないでしょう。しかし宮崎先生は、それが最も効率のよい配車の方法であることを明確にしました。オンライン配車の根幹となる部分をはっきりさせたという点で価値があると言えます。

——このような研究結果があると、実際にシステムを作る際に、目指すべき配車方法の方向性があらかじめわかるので有用なのですね。基礎となる“パーツ”を作るという意味がよくわかりました。

物理的な制約とデジタルサービスの柔軟性を融合させる

——今回のユニットでの研究について、「モビリティ×数理」という視点や、トヨタという存在があったからこそ生まれた着想やアプローチがありましたら、教えてください。

社会のさまざまなシステムは、経験や慣習に基づいて作られていることが多く、必ずしも効率が良くなくともそのまま維持されていることがよくあります。モビリティの分野もそういう側面があるでしょう。そこに数理という視点を取り入れ、データやシミュレーションを駆使すると、どのようなシステムが最適かを理論的に知ることができます。また、本研究でカーシェアリングのよりよいシステムを考えるためには、まず現実のデータを得ることが重要になります。その点、今回、トヨタが運営する実際のカーシェアリングシステムからデータをもらったり、システムを作った方にお話を聞いたりする機会もありました。そういう点で、今回の研究ユニットでは、大学だけでは難しかったところにアプローチできていると感じます。

——今回の共同研究を通じて長期的な視点で目指したいことがありましたら教えてください。

さまざまなサービスがオンライン化したことで、最近は、利用者一人ひとりのニーズがより柔軟に満たされる時代になったと感じています。カーシェアリングなどのモビリティに関するシステムも同様です。ただ、モビリティ分野では、人や車というモノが物理的に移動するという側面がその本質としてあるため、オンラインで完結するサービスのようにはいかない部分があります。つまり、モビリティの技術においては、物理的な制約とデジタルサービスの柔軟性をいかにうまく融合させられるかがカギになります。その点を十分に意識して仕組みを考えることで、多くの人のニーズに応えられるカーシェアリングシステムが構築できるのだろうと思います。また、その本質的な部分を踏まえて研究を進めることで、私たちの研究は、たとえば物流のシステムなど、カーシェアリング以外にも応用できるものになると考えています。そのように、いまの研究が今後、広い分野に利用できるものになれば、というのが目指すことの一つといえるかもしれません。

カーシェアリングの課題について語る松原先生

移動することに喜びを感じられるようなモビリティ社会を

——最後に、今回の研究を通じて、どのようなモビリティ社会の構築を目指したいか、また松原先生の考えるこれからのモビリティ社会とはどのようなものか、教えてください。

現在、二酸化炭素排出量の削減が喫緊の課題であり、資源の効率的な利用や、各種省エネ化は必要不可欠です。そうした中、モビリティ社会も変化しています。カーシェアリングに代表されるように、移動手段を個人が所有することから共有のサービスを利用するという方向に移行したり、また、オンライン化の技術によって移動自体もできるだけ少なくするといった流れに向かうのは自然だと感じます。ただ、個人的には、効率化を最重要の目的にするのが本当にいいのだろうか、という気持ちがあります。移動することそのものも、移動にともなって生じる”すきま時間”のようなものも、人間にとって大切なものだと思うからです。カーシェアリングシステムを考える上でも、ただ効率だけを追求するのではなく、そのシステムを利用して移動することに喜びを感じられるようなものを考えられたらと思っています。人が生きていく上で本当に必要なものは何なのか。そういったことも意識されたモビリティ社会の構築に、自分も今回の研究を通じて貢献できればと考えています。