人や車の「関係性」をひも解き、モビリティ社会の問題を解決する。
池田和司(いけだかずし)
ネットワーク機械学習チーム・リーダー
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 教授
1994年に東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻 博士後期課程を修了、博士(工学)。金沢大学工学部電気・電子工学科 助手、同講師、京都大学大学院情報学研究科 システム科学専攻 講師、同助教授、同准教授などを経て、2008年より現職。
家族と会話したり、ペットと触れ合ったり、車に乗ってどこかへ出かけたり……。私たちは普段から、周囲の人や物と関わりながら生活している。つまり、周囲と「相互作用」して「関係性」を築いているのだ。ネットワーク機械学習チームのリーダーを務める池田和司教授が扱うのは、こういった「相互作用」や「関係性」だ。多くのヒトやモノが参加するモビリティ社会では、ヒトやモノの関係性を調べて、相互作用を理解することが重要だと池田教授は言う。研究によりどのようなモビリティ社会を実現できるのか、池田教授に話を聞いた。
※本記事は「モビリティ基盤数理研究ラボ」の前身となる「モビリティ基盤数理研究ユニット」時のものになります
ヒトやモノの関係性を解析して、モビリティ社会の問題を予測する。
——先生の研究では、「相互作用」や「関係性」がキーワードだと伺いました。どのような研究をされているのでしょうか。
一言で言えば、「ヒトやモノの関係性を解析して、モビリティ社会の問題を予測する研究」です。これからのモビリティ社会では、「誰もが移動したいように移動できる」ことが重視されるでしょう。しかし、移動の自由は、渋滞や交通事故、衝突といったさまざまな問題につながります。横断歩道をゆっくりと歩いていて、車にクラクションを鳴らされた経験がある方もいるかもしれませんね。これも、移動の自由に起因する問題の一つです。このような問題が頻繁に発生すると、モビリティ社会がスムーズに機能しなくなってしまいます。この状況を解決するカギが、「相互作用」や「関係性」の解析なのです。
人や車が移動するときには、必ず周囲との相互作用が発生します。そして、相互作用は関係性に基づきます。つまり、ある状況における人や車の関係性を解析できれば、渋滞や事故といった問題をある程度予測できるのです。問題を予測できれば、あらかじめ解決策を用意することもできます。例えば、渋滞が起こりやすい曜日や時間が分かれば、それに合わせて車線数を変えるといった対応も可能でしょう。渋滞や事故の少ない、安心・安全なモビリティ社会を実現できる可能性が高くなります。
このような社会を目指して、私は現在、「①関係性そのもの」と「②関係性がどの程度崩れにくいか」の2つを解析する手法を開発しています。例えば、車同士が相互作用して渋滞が発生するケースを考えてみましょう。「①関係性そのもの」を解析すれば、「渋滞(車同士が接近している)という関係性があること」を、「②関係性がどの程度崩れにくいか」を解析すれば、「渋滞がどの程度持続するか」を知ることができます。研究にはモビリティデータを使用するのが一番ですが、現在は手始めに、動物や経済のデータを使用して手法の開発を進めています。
サルや銀行のデータをモビリティに結びつける。
——関係性に関する2種類の解析手法を開発されているのですね。動物や経済のデータを使用されているとは驚きです。どのように研究を進められているのですか?
「①関係性そのもの」を解析するための手法の開発では、ニホンザル集団の行動を記録したビデオデータを使用しています。解析手法の作成手順は、以下のとおりです。
最初に、ビデオデータ中のサルの行動を目視で確認し、サル同士の関係性を決定します。各ビデオデータに、人力で「正解(そのデータ中でのサル同士の関係性)」を与えておくのです。例えば、サルAがサルBに毛繕いしているデータには「サルAはサルBより地位が上だ」という正解を与える、といった具合です。続いて、「ビデオデータとその『正解』」を使用して、関係性の解析手法を実際に作成していきます。ビデオデータを入力した際に、その「正解」が正しく出力されるよう、解析パラメータを少しずつ調整するのです。最適な解析パラメータを得ることが、この研究の目的だと言えます。このように解析手法を作成しておけば、ビデオデータの解析を自動化できます。数十年分のビデオデータを目視で解析するのは大変ですよね。自動化という観点からも、今回の研究は役立つと考えています。
実は、この解析手法を開発するには、前段階としてビデオデータからサルの位置や行動を正確に抽出する必要があります。現在は、ディープラーニングを活用してこの抽出手法を開発しているところです。特に、ビデオ中で複数のサルが重なっている場合に取り違えを防ぐ方法などを研究しています。すでにある程度の成果が出ており、2021年12月と2022年1月には国際学会で発表を行いました。
「②関係性がどの程度崩れにくいか」を解析する手法に関しては、銀行間の貸し借りデータを元に研究を進めています。この「銀行間の貸し借りの状態」が「銀行間の関係性」に相当するのです。「各銀行が他の銀行にどれだけお金を貸しているのか」、「お金を貸す先をどの程度分散させているのか」といった現在の関係性が分かれば、ある一つの銀行が潰れたときに「他の銀行も連鎖的に潰れるか」、「他の銀行はそこまで影響を受けずに安定しているか」が予測できます。つまり、「銀行間の関係性がどの程度崩れにくいか」が分かるのです。この過程をアルゴリズム化したいと考えています。
——動物や経済のデータを使用して、モビリティ分野でも活用できる解析手法を開発されているのですね。
数理生命科学分野の応用研究が、ユニット参加のきっかけに。
——今回、モビリティ基盤数理研究ユニットに参加されたきっかけは何だったのでしょうか?
私の研究室で、「数理生命科学」という研究を行っていたことがきっかけの一つです。数理生命科学は、生命現象を数理モデル(数式)で表して、その本質を理解する学問分野です。脳科学や動物などを研究しているバイオ系の研究者から依頼を受けて、彼らが見つけた生命現象を説明できる数理モデルを提案しています。最近では、精神疾患患者やプログラマの脳の仕組みを調べたり、野生のウマの動きを数理モデルで表したりもしています。実は、先ほど説明したニホンザル集団の行動データを用いた研究も、数理生命科学研究の一つなんですよ。
数理生命科学は、どちらかというと応用寄りの研究です。モビリティ基盤数理ユニットでは数理的な基礎研究を行っているチームが多いのですが、応用系の研究も重要とのことで、私に声がかかりました。私は普段から、多くの共同研究を通じてさまざまな分野のデータに触れています。そのため、どんなデータが来ても楽しく解析する自信があります。本ユニットでも、多分野のデータを積極的に扱っていきたいですね。
「問題解決してなんぼ」の精神で、新たなモビリティ社会に貢献したい。
——今後、本ユニットでの研究を通じて目指したいことはありますか?
ユニットでの研究成果を実際のモビリティ問題の解決に結びつけることが、一番の目標です。私の座右の銘は、「問題解決してなんぼ」。数理的な技術をいかに世の中の問題に役立てるか、という視点を強く意識しています。現実の問題を解くには、実際にどのような問題があるかを知っておく必要があります。実は先日、故郷である静岡市の交通問題担当者と、地方のモビリティ問題について話し合う場を設けました。静岡市側には現状の問題を話してもらい、私からはモビリティデータの収集や解析に関して協力できそうなことを提案しました。静岡市のモビリティ問題解決に貢献できそうであれば、今後もこまめに足を運ぼうと思っています。
ユニットでの研究を通して人や物の関係性を明らかにし、その成果を現実の問題に当てはめる。「問題解決してなんぼ」の精神を胸に、新たなモビリティ社会の実現に貢献したいと考えています。